鎌田ゼミ


2264 森由美
進級論文
鎌田ゼミ
2264 森由美         未知なるものへの探求   私は、進級論文のテーマとして太陽系の一番はしをまわる冥王星という惑星を選んだ。後ほどくわしく説明するがこの惑星はとても謎が多く解明されていない未知の部分が多い。私はそこにひかれたのだ。まずこの冥王星という惑星について詳しく説明をしてみよう。   冥王星は1990年、アリゾナ州フラッグスタフにあるローウェル天文台でグライド・トンボーによって発見された。冥王星はすぐ天王星、海王星につぐ9番目の惑星として認められ、20世紀になって発見された唯一の惑星とされている。ギリシャ神話で,プルート(ギリシャ語でハーデス)は冥界(死者の世界)の王をさす。この惑星の名前はおそらく,太陽から非常に遠く,いつも真っ暗であることと,“PL”がパーシバル・ロウェルのイニシャルであることから,そのほかにたくさんに提案があったがこのように名付けられたものと思われる。惑星とは一般的に太陽のように自分で光をだして光っている星(恒星)に対して、自らが光を出さず、恒星の光を反射している星のことを指す。太陽系には内側から、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星といった9つの惑星がある。この惑星の中で冥王星は一番太陽系の端を回り、遠く暗く小さく、また他の太陽系の惑星とは違った軌道を回る。赤道半径1137km、太陽からの平均距離59億1510km(地球の太陽からの平均距離1億5000万km)、公転周期247、80年、自転周期153時間17分、衛星の数1個(カロン)、質量は、地球の0.0022倍、冥王星の組成物は核が岩石、鉄、ニッケルでできており、あとはほとんど氷に覆われている。大気はまだよくはわかっていないが非常に希薄なメタンと考えられる。とても小さな惑星で地球や月よりも小さく衛星であるカロンとその大きさは地球と月ほどはかわらない。まだまだ謎が多い冥王星だが、そのデータを詳しく分析してみると、なかなか興味深い事実が見えてくる。例えば冥王星の軌道は楕円を描いているため普段は太陽系の一番端をまわっているが、太陽の周りを一周する248年間のうち、約20年間だけ海王星より内側を回る。最近でいえば1979年1月18日から1999年3月27日までは冥王星が海王星よりも内側をまわっていた。また冥王星は横倒しで太陽のまわりを回っている惑星でもある。これは冥王星の回転軸が、公転面に対して118°傾いているからである。そして冥王星の衛星カロンも同じように横倒しでまわっている。このように横倒しで太陽の周りをまわる惑星は天王星だけである。天王星の場合は地球と同じくらいの大きさの惑星が衝突して、横倒しになったと考えられている。次に冥王星の衛星であるカロンについて考えてみよう。冥王星の唯一に惑星として知られているカロンは、1977年アメリカの天文学者ジェームズ・クリスティによって発見された。彼は写真に見える冥王星の形が丸くはなく、この衛星には“こぶ”があることに気がついた。さらに他の写真を調べてみると、このこぶはその位置を変え続けており、冥王星の周りを回っている惑星であることに気がついた。カロンの存在は冥王星をいちだんと興味深いものにしてくれる。まず第一に、カロンは他のいかなる衛星よりも母惑星に対して比率が大きな惑星で、冥王星自身の大きさと比較すれば分る。カロンの大きさは大体冥王星の40〜50%にあたる。(月は地球のたったの27%の大きさしかなく、海王星の衛星トリトンにいたっては海王星のたった9%である。)第二に、カロンは母惑星からみたときの視直径が最大である。冥王星の表面からみると、カロンの視直径は、約4度であり、地球から見る満月の約8倍は大きくみえる。カロンは衛星としてはかなり大きく、直径はおよそ1300kmである。カロンは冥王星と視覚的に分離して捕らえることが難しいので、その物理的性質は分っていない。表面はおそらく冥王星と似ていて、大部分がメタンの氷でできているようである。カロンと冥王星は独特な双子の惑星である。太陽系の中ではカロンが最も寂しい星だと思われる。ここからは太陽は地球からみる1600分の1しかみえない。 このように冥王星とカロンは似たような惑星であるわけだが、どちらにしろ、太陽系の中で最も離れているこのあたりでは、あたりは死んだように静かになっている。水や二酸化炭素さえもガラスのように固くもろくなっており、真昼でさえ、地球上の夕方くらいの明るさで、星が絶えず輝いている。   今冥王星について明らかになっているのは大体このくらいの情報である。冥王星は宇宙船が訪れたことのない唯一の惑星である。たとえハッブル宇宙望遠鏡であっても,遠すぎてその表面の特徴を分析することはできない。冥王星は太陽系で2番目に(コントラスト(明暗の差)がはっきりしている。このコントラストの起源を調査することは、冥王星校則接近計画(プルートエクスプレス)で提案された最優先目的の一つである。プルートエクスプレスとは、当初はプルート・ファースト・フライバイ計画と呼ばれ、比較的少ない予算でこれまで一度も探査機が接近したことのない冥王星まで短期間で到達する小型の探査機計画のことを指す。重さ100kg以下の2つの探査機がタイタン4型/ケンタウルスロケットまたはプロトン(ひょっとしたらもう一段固形燃料ブースターを追加して)2001年にうちあげられ、2006年から2008年(到達する年数はどのルートをとるかで変化する)に冥王星とその衛星カロンに接近します。接近するときの通過速度は秒速12〜18kmでそのときに撮影された画像はいったん探査機に搭載される記録装置にきろくされ、その後ゆっくり地球に送られる。これは探査機が小型であるために、送信パワーが弱くかつ送信アンテナの口径も小さい上に非常に遠距離から送信されるため、高速なデータ発信ができないからである。冥王星の大気を調べるために探査機からロシアが開発する「投下ゾンテ」を投下することも検討されている。冥王星とカロンの地質と地形を調べ全球にわたる地形図を作成し、冥王星の大気の様子を調べることが 科学的な目標である。冥王星の 大気は冥王星が太陽から遠ざかるにつれて凍りついてなくなって しまうため、冥王星が太陽に最も近づいている現在の好機をとらえて ミッションを早期に実現することが非常に重要である。観測機器の 重量は全体で7kgに制限されるが、そのなかにCCDカメラ、 赤外線分光カメラ、紫外線分光器、それに探査機が冥王星の向こう 側にまわって隠されるときに電波の屈折によって大気の状態を調べる 実験のために必要な機器が搭載機器として提案されている。プルートエクスプレスの機体はこれまでの外惑星探査に用いられた 探査機に比べるととても小型に設計されています。探査機の 大きさはガリレオ、カッシーニと次第に巨大化する傾向にありましたが、その流れは 逆の方向に進むことになりそうである。 この計画が実際に認められるかどうかは非常に微妙である。 冥王星の大気についてはほとんど分かっていない。冥王星の大気を構成する物質は近日点(惑星が太陽に最も近づく一点)付近にいるときだけ気体として存在する。冥王星の長い1年間のうちの大半は,大気は凍っている。近日点付近では,いくらかの大気はたぶんカロンと相互作用して宇宙へ逃げてしまう。冥王星高速接近計画の計画者たちは大気が凍っていない間に冥王星に到着したいと考えている。このように冥王星を探求する調査は着々と進められている。   このようにみてみるとまだまだ未知の問題が多い冥王星だがその未解決の問題をわかりやすくまとめてみる。 ・ 冥王星とカロンの質量,半径そして密度についてはかなり不正確である。 ・ 明らかに冥王星と似ているカイパーベルト(おおまかに言うと太陽から30から100天文単位の海王星の軌道を過ぎたあたりに存在し、たくさんの氷の塊でできている。現在では、短周期彗星の源であると考えられている。)の天体がいくつか最近発見?された。冥王星と同じくらいの大きさのものはあるのか? ・ 冥王星の大気の性質はどんなものなのか? ・ 冥王星やカロンにはどんな「地質学的な」特徴や作用が存在するのか? ・ 冥王星の高速接近計画の予算はつくのか?もし近日点近くで冥王星を観測するこのチャンスをのがせば,次のチャンスは23世紀までやって来ない。 という問題が挙げられてくる。ここで興味深い見方がひとつできる。それは冥王星がはたして他の惑星と同じ起源と進化のメカニズムを持つものといえるのかどうか疑問である。すなわち冥王星は太陽系の仲の惑星といえるのであろうかという見方である。そう考える根拠はいくつかある。 冥王星は他の惑星より小さく、大体われわれの月くらいであるという点である。直径は最大の小惑星セレスの3倍ちょっとにすぎず(セレスという天体は最初惑星に分類されていたが、惑星としてはあまりにもまわりの軌道に多数のもっと小さい天体、他の小惑星があるという理由で後に惑星の仲間からはずされてしまった。)、しかも冥王星は、長い間、彗星の核が集まっている領域にあると考えられていた。冥王星は他の惑星の軌道と交差する軌道をもっている。このような冥王星の動きは惑星というよりもどちらかというと小惑星の動きに近いのである。また、冥王星わカロンという衛星をもっているという事実が、冥王星が惑星であるという信憑性を高めるが、最近いくつかの小惑星も衛星を持っているという証拠が出てきている。このように考えていくと冥王星が惑星とみなすのはどうかという疑問が出てくる。また逆に考えればこの見方は小惑星と思われてた天体がいきなり惑星として認められるという第10の惑星の発見という可能性にも導かれる。そもそも冥王星発見までにはどのような道のりがあったのだろうか。その過程をもう一度振り返ってみる。19世紀から20世紀中ごろ、太陽系第7番惑星「天王星」と第8番惑星「海王星」の軌道が突然揺らぎはじめた。両天体の理論上の軌道と観測結果に、誤差ではカバーできないほどの大きなズレが生じたのだ。天文学者たちは、軌道の急激な揺らぎは未発見の惑星による『摂動』によると考え、未知惑星の発見の栄誉を勝ち取ろうと、世界中の望遠鏡が天空に向けられた。実際、1930年にローウェル天文台の天文学者C・W・トンボーによって太陽系第9番惑星「冥王星」が発見された。摂動の犯人に目星がついたこともあって、多くの天文学者は事件は氷解したと考えた。 ところが、冥王星の質量を計算してみると、大きな矛盾点がでてきた。冥王星の小さな質量では、巨大惑星である両天体の軌道を変えるに足る、十分な影響を与えられないことが判明したのだ。事実、冥王星の半径はわずか1142キロで、地球の月よりも小さい。冥王星はもともと惑星ではなかった。海王星の衛星だったのが、太古、太陽系を襲った宇宙的激変によって、公転軌道から跳ね飛ばされてしまったのである。本来の太陽系第9番惑星、ティティウスの数列の第10項「772」に対応する惑星は別に存在するのではないか? 天王星と海王星に摂動を与えたのは、いまだ発見を免れている未知なる天体、すなわち、冥王星の軌道のさらに外側を公転する太陽系第10番惑星なのではないか?天文学者は、この天体を『惑星X』と名付けた。ちなみに、Xはローマ数字の10に対応すると同時に、未知なる存在という意味が含まれている。先述した謎の摂動事件は、19世紀から20世紀初頭にかけて起こった。しかし、同様な摂動は、その後まったく観測されていない。天王星の公転周期は約84年、海王星の公転周期は164.8年、その外側を公転する未知惑星「超冥王星」(いわゆる第10番惑星)はこれらよりも長い。 理論上は、100年間に1〜2回の間隔で天王星や海王星は超冥王星に接近することになる。しかし、摂動が観測されていない以上、超冥王星の公転面は黄道面に一致していない――つまり、公転面がある角度をもって傾いていることになる。NASAは超冥王星の公転軌道の算出に挑戦、1987年、両天体の摂動状況からおおよその数値をはじき出し、公式に発表した。アメリカ海軍天文台のトマス・C・ヴァン・フラーンダーンの研究によると、超冥王星の公転面は、太陽系の黄道面から30度、もしくは50度以上の傾きをもっているという。これなら、数世紀もの永きにわたって、天文学者たちからの発見を免れてきた理由も納得できる。本来、惑星の公転面は黄道に沿っている。ゆえに、惑星の探索は黄道面に限られてくる。あるかどうかもわからない未知惑星のために、生涯かけて捜したとしても発見できる可能性はなきに等しい天体のために、お金と時間をかけて探そうとするものはいないであろう。そんなリスクは誰も負わない。ゆえに、超冥王星を確認するためには、太陽系の外側に探査機を飛ばす必要がある。実際、NASAはすでに探査機を飛ばし、超冥王星の存在を確認した。それが「パイオニア計画」と「ボイジャー計画」である。 1972年3月2日と翌年の4月5日、各指定日に「パイオニア10号」と「パイオニア11号」がそれぞれ打ち上げられた。両探査機は木星と土星の詳細な探査を行い、新衛星の発見や大赤斑の観測など宇宙科学の進歩において大きな貢献を果たした。しかし、両探査機の最終目的が超冥王星の補足にあったことを知る人は少ない。これは一般に公表されている事実である。1982年6月17日、NASAの公式のコメントとして、パイオニア計画における最終目標は超冥王星の探査であると表明している。パイオニア10、11号の軌道図を見ると、両探査機は目的が同じなのに、最終的にはそれぞれ正反対の方向を目指していたことがわかる。 パイオニア探査機には高精度の摂動センサーが装着されていた。これはすなわち、両者のとらえる摂動の比較によって重力原の正体を絞り込もうとしたことを示唆している。両者がキャッチした摂動に大きな違いがあれば、重力原は比較的小さい――すなわち、太陽系に属する天体ということが証明されるからだ。続くボイジャー計画においても、1号と2号の探査軌道は正反対にとられている。ボイジャー1号は黄道面から35度上方、ボイジャー2号は黄道面から48度下方である。パイオニア計画との相違は、探査機の片方であるボイジャー2号の軌道が途中で変更されていることだ。 天王星と海王星の探査が急遽決定したからだが、これはNASAの意思ではなく、JPLからの要望である。とすれば、パイオニアから得られたデータによって超冥王星の軌道はおおよそ予測がついていたことになる。だからこそ、ボイジャー2号をほかの惑星探査にまわすゆとりができたと考えられるのだ。NASAの公式発表では、太陽系第10番惑星なる天体はいまだ観測されていないという。しかし、極秘の情報によればNASAはすでに惑星の存在を確認し、発表の時期を見計らっているとされるようである。なぜ、すぐに発表しないのかといえば、一般に広まっては困る情報がそこに含まれているからにほかならない。超冥王星の存在が公開されれば、太陽系創世の歴史さえ再検討しなければならないほどの大きなアカデミズムの混乱が引き起こされるのである。例えば、超冥王星の軌道だ。公転面の異常な傾きは、現代アカデミズムの根幹となっている『斉一論』では説明がつかない。かつて、太陽系を襲った巨大なカタストロフィーの存在を認めざるを得なくなるからである。「超冥王星」と呼ばれる存在、つまり第10番惑星が存在するのかしないのかという問題はどちらにしろ、冥王星には未知の部分が多いため、これからの更なる発展による結果によって明らかになるであろう。   さてここで、ちょっと趣向を変えてなぜ人間は今の例でいうと冥王星のような未知なる世界へとあこがれるのだろうかということについて述べてみる。これはあくまでも私一個人としての考え方なのでこの私の考え方が正しいのか分らないが、私なりの見方で考えていくことにさせてもらおう。かつて人類は空を飛ぶことにあこがれた。それがライト兄弟による飛行機の発明のおかげで世界の航空技術は大きく飛躍した。そして人間はただ空を飛ぶことだけでは満足できずついに宇宙へとその活動の場を広げたのである。ヘリコプターからジェット機、そして宇宙ロケットと発展したその航空技術の裏には隠れた人間の未知の世界へのあくなき欲求が伺える。考えてもみてほしい。今では人間が宇宙へいくという出来事が当たり前のように感じられるが、まだ人間が宇宙へいったことのない時代を。宇宙とはどんな風になっているのか、私たちは地球といった枠をもうひとつ超えた宇宙という世界の中でいきているというこの不思議さをありありと感じることができるだろう。未知への欲求。これは私たち人類がみなもっているものであろう。わたしには哲学的なことは言えないが、私たちはその未知なるもの(私たちの知識・常識や既成のものの考え方を超えるもの)に対する興味・関心をわすれることなく何らかの形でかかわりをもっていくことが大切だと思う。探究心こそ自分を成長させる最大の方法であると私考える。   この世界にはまだまだプルートのような未知の分野がたくさんある。私の場合は冥王星というその神秘的さにひかれたためその例をとったのだが、そのような自分にとっての未知の分野、知り対ことをを積極的に探求していくことは大事なことではなかろうか。